平日は神戸、週末は西粟倉村でカフェ店主。地域と人を繋ぐ、心からくつろげる癒やし空間を。

地元密着型のふれあい喫茶、カフェ「サーナの家」の井上早苗さん。裳災でつらい経験を乗り越え生まれた、癒しの空間とは。

井上早苗さん(中央)

サーナを始めたきっかけは、1994年の震災でした

井上さんは西粟倉村生まれ。高校を卒業するとき田舎を出て手に職を付けたいと考え、神戸で歯科衛生士専門学校に入学。歯科衛生を通して障がい者に積極的に閑わってきたが、息子が阪神大震災を機に精神疾患を患ってしまう。

私は18歳で家を出て、歯科衛生士の資格を取りました。大阪の矯正専門の先生のところや専門学校で働き、同時に障がい者の方や兵庫県の在宅寝たきりの方への歯科保健指導をしていました。
神戸に42年間住んでいたんですが定年退職し、地元である西粟倉に戻ろうかと考えた時に、NPO法人芝桜を立ち上げました。この法人は、障がい者、高齢者を対象に、交流、学習、ものづくり、憩い、娯楽など、福祉に関する事業を提供して、隣がい者の社会参加や地域の活性化を目的としています。自分がここに戻ることを考えた時に、何か村のために貢献できないか、と考えたのが発端でした。このNPOの拠点兼地域に開いた喫茶が、この『サーナの家』なんです。
でも実は、ここは週末だけの営業にしています。私たち家族は神戸にいた時に、阪神・淡路大震災で被災したのですが、三人いる子どものうち一人が精神疾患を患ってしまって。なので、平日は息子の病院がある神戸で過ごし、週末だけここに来るという生活を5年間続けています。
この場所を立ち上げる動機には、神戸の震災も関係しています。その時の体験は本当に悲惨で。自宅は全壊して、小学校の体育館に4ヶ月ぐらいいたかな。ご遺体がいつばいあって、線香がいつばいあって・・・。そんな中、私は歯科の教員をしてたから、学生を預かっていて、震災は1月で、国家試験は2月だから大変だった。あの当時の家族に会いに行くと、その当時はなんともなかったように見えた生徒が精神疾患を患っていて。私の息子と同じです。
そんな大変な体験もあって、息子も含め、障がいを持った方のためにも、ここを始めたんです。

この自然豊かな西粟倉をいろんな人に見て欲しい

息子の体調が良くなり、いつか自立できる日が来たら、自然に癒されながら社会生活できる場を用意しておきたいと考え、サーナの家を運営する井上さん。西粟倉で父親が生前に集めた地元のスギやヒノキを主体にした、癒しの空間をつくっている。

サーナの家のポイントは「癒しの空間の提供」です。村には喫茶店が少なくて、大体の家は三世代が住んでいるので、なかなかくつろげる場所がないんです。お嫁さんはお姑さんの前で息抜きできなかったりするでしょ?特に狭い村のなかじゃなおさら。だから、肩肘張らずにゆっくりくつろげる家族的な雰囲気のお店にしました。
お客さんは地元の人以外にも、観光客や大茅スキー場に来た人、Facebookを見ていらっしゃる人もいます。他にも大きな規模のサイクリングイベントが毎年7月にあって、村内外からたくさんの人が参加します。サーナの家の前もコースになっていて選手が自転車で走るので、猪カレーでおもてなししています。そうやって、喫茶に来る人以外にも、地域のイペントなどに関わって、サーナの家としてできることを自分のできる範囲でやっています。
私はこの村を出て42年間も神戸にいたけれど、この歳になってここに戻ってきて、この自然豊かな田舎をいろんな人に見て欲しいなって思っていて。なので、神戸から友だちを呼んだり、老人会を呼んだり、都会の子どもたちには、お芋掘り体験や、落花生の収穫など・・・、そういった、ここでしかできない体験を提供してあげたい。そのために横にある畑を一生懸命耕したりしています。今後、永続的に西粟倉に帰ってくるとしたら、畑で獲れた野菜を使ったモーニングにもこだわりたいんですよね。

立派じゃなくてもいい。自分がやれることをやれる範囲でやっていきたい

42年ぶりの地元・西粟倉へのUターン。昔からの先祖をはじめ、両親や自分がお世話になった恩返しを、と考える井上さん。サーナの家を達してやりたいことが、人手が足りないと思うほど溢れ出てきている。

サーナの家がオープンして5周年記念で、部屋をつくることを考えています。一泊朝食付ぐらいで、泊まれるような宿舎があれば、お墓参りに帰ってくる人たちが少し休憩したり、泊まれる場所を提供できると思うんです。
他にも、西粟倉は自然の観光スポットが豊かなので、若杉原生林や、ダルガ峰など、何日か滞在しながらゆっくり見て回れるための場所にしたり、地域の人に着物の着付けを教えてあげたり、ヨガをしたり、そういう使い方もできるかな。健康面で言えば、歯科関係の仕事を活かして、虫歯にならないためにどんな食べ物がいいか、何に気をつけたらいいか、といったことも伝えていけるかなと思っています。
そうやって、ここを中心に人が集まってきて、コンセプトどおり、雑多な暮らしを忘れて、この場所で癒されてほしい。そしてゆくゆくは、西粟倉がみんなのふるさとのようなればいいなと思います。
西粟倉は本当に自然が豊かなので、自然のパワーがもらえる環境があって、人との関わりがあるような地域ができていけば、人間が本来大事にしていることを体感できる場所になるかなって。そうすれば、息子が回復してここに戻ってきたときに、暮らしやすい環境ができているんじゃないかな。
いつまでたっても情熱をもってやれたらいいなと思います。立派じゃなくても、細々とでいいから、地域の役割を担いながら、自分がやれることをやれる範囲でやっていきたいなと思います。

特定非営利活動法人芝桜・喫茶サーナの家は、もともと井上さんのご実家だったところを改装した。
終始笑顔で話してくれた井上さん。サーナとは井上さんの愛称。
西粟倉のサイクリングイベント『ヒルクライム』での様子。サーナの家の前を走る選手に旗を振って応援する井上さん。
サーナの家のすぐ横にある畑で収穫した小豆。丁寧に殻とりし、喫茶で出す軽食やお菜子に使う。
取材時に出してくれたお菓子とお茶。ここで出されるお菓子は全て井上さんの手作り。

※この記事の内容は2018年時点のものです。

特定非営利活動法人芝桜 喫茶サーナの家(トクティヒエイリカッドウホウジンシバザクラ キッササー ナノイエ)

ADRESS:〒707-0501 岡山県英田郡西粟倉村大字大茅988-1
WEB:http://sanae6885.wixsite.com/sa-nanoie