森と音がつながる mori no oto

mori no oto  石川照男さん

退職後、友だちの誘いに乗るうちに、音楽の楽しさを取り戻す。

石川さんは、家電メーカーでプロダクトデザインに 36 年関わってきた。アメリカ駐在中は、ブルースやカントリーの音楽を聴きにメンフィスに通い詰めた。そこには 〝 自分たちで作った楽器で音楽を楽しむ 〞 という文化があった。

大学でプロダクトデザインを学び、卒業後は家電メーカーに就職しました。海外向け製品のデザインが多く、4 年間ほどアメリカに家族で住み、音楽の坩堝のような都市、テネシー州メンフィスの日本人学校に通っていました。楽しかったアメリカ生活ですが、帰国後は人やコストを減らすだけの辛い仕事になってしまいました。それで58歳で退職。でも辞めたら辞めたで、何もしない日々もつらいんですよね(苦笑)。それで友人の誘いでバイオリン作りを習いに行ったんです。僕はそれまで、企業のプロダクトデザイナーで、プラスチックの型を使った仕事ばかりでしたから、自分の力で木材から楽器が作れる、音が出る!と驚きで、すっかりハマってしまいました。  

 しばらくして、中学の同級生の勧めでソーシャルビジネスを興すためのスクールにも通いました。サラリーマンしかしていなかった僕は、社会貢献といえばボランティア ? くらいの知識しかな かったんですが、社会の問題を解決しつつ、継続的にビジネスとして成立させられるということにカルチャーショック を受けまして。それでメンフィスの文化に触れて感じたことと、スクールで学んだことを活かして、自分たちで国産材を使って楽器を作り、地域を活性化するという、楽器制作教室の事業計画を立てて、大阪の枚方で実践し始めま した。

 しかし枚方では楽器制作教室には人が来てくれなかった。次のステップとしては自分から森に近づいて行かなきゃいけないのでは?と感じ始めて、ある時、面白いと聞きつけた西粟倉に仲間と見 学に来ました。そこで百年の森林構想に基づく活動に魅了されてしまい、地域おこし協力隊に応募しまして、じゅ 〜くさんの就労支援施設で指導員として働かせてもらいつつ、自分でモノづくりを始めました。

家電メーカーの社員時代には味わえなかった、直接使う人の楽しそうな姿を見た感動と喜び

 以前は顧客主義を唱えながら、実際はお客さんとの接点は少なかったという石川さん。今は、既製品を売って終わりではなく、お客さんが自分で作った楽器で一緒に演奏し、その笑顔を見ることができることに喜びを感じている。

 西粟倉に来てすぐ、「森のおもちゃフェスティバル」というイベントを、村と東京おもちゃ美術館で開催することになり、何か玩具を提案してみませんか、と打診がありました。

 せっかくなので、玩具を 1 個ポンと置くのではなくて、子どもたちが 遊ぶ場となるものを、と考えたんです。子どもが入れるくらいの大きな楽器「 mori no oto 」を中心に、子どもたちが集まってきて、傍に置かれた「 kan pon pon 」といった小さな楽器を使って、みんなで遊ぶ『体験』を提案したところ、OKが出て制作 しました。

 その後、広報活動や、オンラインショップを通し「 kan pon pon 」やその他の製品が売れ出しました。東京おもちゃ美術館のグッド ・ トイに選定されたこともあり、ミュージアムショップで取り扱ってもらえたり、ワークショップの依頼が舞い込んだり。

 ワークショップに参加できない人のために、楽器の販売もしてはいますが、一人で作って演奏するより、ワークショップで集まって、できた人が何人か集まって合奏するほうがずっと面白いと感じています。そしてたくさん参加者がいるときは、主催する側にも仲間が必要。それを仲間と一緒にやれている自分も楽しいし、きっと参加者のみんなも面白いだろうなと、だんだん自信がついてきています。

 

ワークショップを継続し、 木育や西粟倉の地域活性化につなげていきたい

人とのつながりのなかで知った、自分で楽器を作り、それをみんなで演奏することの楽しさ。それは人をつなぎ、意識を森につなげていくことができるという石川さん。そこにはかつてのような数値目標はないと笑う。

 あるワークショップでは障がいのあるお子さんとそのお父さんが参加されました。お子さんは小鳥が好きで、お父さんが頑張ってバー ドコールという鳥の鳴き声がする玩具を作って、音が出て、親子で笑顔で帰ってくれたのはとても印象に残っていますね。

  楽器は楽器屋さんで買うものであって、自分で作るものではない と思ってる人が大半です。でも楽器を作ってみんなと演奏する楽し さを僕が 1 人占めにするのはもったいない。簡単なものでいいから自分で作って演奏できるんだ、ということを知ってもらいたい。みんなが笑顔になれる時間を広めてい きたいです。

写真中央の「バードコール」。両手で左右を持ち、ねじるように回すと鳥のさえずりのような音がする。

今後もワークショップを継続的 に続けていくことで、子どもたちに 木の暖かさや香り、良い音色といっ た感動を与える木育につなげてい けたらいいなと。西粟倉の間伐材 を使って楽器作りをしていますが、 それは間伐材をどれだけ消費でき るかということではないんです。人 とのつながりや、自然や環境を良 くしていかなければいけないという 気持ちが自然に芽生えるきっかけ となってくれれば、それが社会貢 献につながるんじゃないかな、と 思っています。企業目標的なもの は何もないですけど、この活動や 思想を次の世代の誰かに受け継い でもらえたら、より嬉しいですね。

mori no oto HP:http://mori-no-oto.com/ 

写真:MOROCOSHI(https://morocoshi.com/)